しかし絶望には値しない
ハゲは非常に厳しい現実だと書いた。
しかし、もちろん絶望には値しない。私はそのことをこのサイトで書いているのだ。私自信は20代の半ばからハゲはじめ、30代の半ばに達した現在、さらにおでこは後退し、後頭部は地肌を晒している、という状態だ。
立派なハゲである。そしてハゲに対する厳しい事実も書いたとおりだ。
それなりに悩んだ。何故悩んだかといえば、子供の頃からハゲをバカにしてきたからということもある。さんざんばかにしてきたハゲに自分がなるということが許せなかった。そして若くしてその兆候が現れてきたときには必死に抗った。運命を呪って抵抗しようとした。育毛に励み、植毛の体験もした。
育毛は私の場合、効果があったのか??わからない。少なくともフサフサの時代に戻れることはなかった。しかし現在ツルツルという状態ではないので、もしかすると育毛剤の効能のおかげで、この髪を維持できているのかもしれない。
検証ができないでいるのだ。しかし結果として現在はハゲと言われても当然の状態になっている。
ハゲは悲劇である、と思う。しかしハゲは不幸ではない。そう思うようになった。このことを伝えたい。
ハゲと不幸の間に直接的な因果関係はない。これは紛れもない事実だ。「ハゲだから不幸だ」「ハゲだから絶望的だ」と考えている人は絶対的に間違っている。論理的に間違っている。正しくはこうだ。
「ハゲだからといって不幸ではない」
「ハゲだからといって絶望的なわけではない」
論理的に絶対こちらがあっているのだ。キーワードは「だからといって…」だ。
「考え方を変えろ、なんていっても無理だ」そう言われるかもしれない。急には変えられないかもしれない。しかし、この「だからといって」という論理を口に出して覚えておいてほしい。このことは本質的なことだ。「だから」を使って不幸に陥っている人は世の中にたくさんいる。例えば
「私は太っている。だからモテない」
「俺は大学を出ていない。だから出世できない」
「私は晴れ着を持っていない。だから成人式に出席できない」
「僕はフリーターだ。だから同窓会に出席できない」
キミの周りにおかしなロジックで、自分を決め付け、楽しいはずの人生を自ら惨めなものに置き換えている人はいないだろうか。「そんなことないよ」「どうしてそう考えるんだ??」そう言いたくならないだろうか。
自分を追い詰め、神経症的になると、この誤ったロジックが際立ってくるように思える。自殺する人の多くはもしかするとこの誤ったロジックによるのではないか、そう思えることがある。遺言を見ると、「私はブスだし、性格が悪いから友達もできない。このまま生きていても意味がない」などという内容の置手紙だ。
明らかに間違っている。
だからハゲという事実に直面したとしても、自分が不幸だなどとは決して思わないでほしいのだ。
「ハゲている。だからといって不幸になるわけではない」
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